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SONY カセットデンスケ TC-2850SD TYPEV

     1973年 定価52,800円



SONYのTC-2850SD TYPE Vは、1973年5月21日に発売されたポータブル・ステレオカセットレコーダーです。

生録ブームの立役者で「デンスケ」「カセットデンスケ」などの愛称で有名です。一般の人たちにも「デンスケ」という名前が浸透したため、オーディオファンの中にはマニアぽく「タイプ・スリー」と呼ぶ人もいました。


(TC-2850SDの発売前の状況)

どんな「ブーム」でも同じですが、大きなブームとなる前に、その愛好者の中や流行に敏感な人たちの中では、すでにブームが始まっています。生録ブームの前の「BCLブーム」。丘サーファーを生み出した「サーフィンブーム」。バブル期の「スキーブーム」。1990年代の「Gショックブーム」など、いずれも同じです。

「生録」もTC-2850SDの発売前に、すでに「生録会」が開催されており、オーディオファンにとっては、目新しい言葉ではありませんでした。しかしTC-2850SDの登場により一変したのが、ブームがオーディオの世界を離れて、一般人を巻き込んだブームとなったことです。

「生録」といっても大きく分けると2つの系統がありました。
ひとつはオーディオメーカーやショップが開催する「生録会」。これはジャズやクラシックの生演奏を録音するもので、オープンリールデッキやマイク、ヘッドホン、テープなどを持参して、セッティングを行い録音を楽しんでいました。

ただマイクの場所取りが問題になったりしたので、マイクは主催者がセッティングし、ラインケーブルで分配するという形式の録音会も行われました。
これの変形バージョンとして、主催者が音源とカセットデッキを用意し、来場者にデッキで録音させる「録音会」も行われ、オーディオショウやメーカーのショールームでは、人気のイベントになっていきました。


もうひとつの生録は野外での録音です。たぶん欧米の「サウンドハンティング」や「サウンドスケープ」などが元になっているかと思いますが、詳しいことはわかりません。
録音の対象となるのは川のせせらぎ、海の波の音、鳥の鳴き声、祭りのお囃子や太鼓、花火、飛行機の離着陸、そして蒸気機関車などです。

野外で生録をする場合にたいへんなのが、機材の大きさ・重さと電源です。当時はまだそれほど自家用車が普及していなかったので、電車やバスで移動する人が多く、持ち歩ける物は限られました。

電源は小型で長持ちするバッテリーはまだありません。乾電池もアメカリ電池はなく、マンガン電池だけした。

機材はオープンリール、カセットテープともに、乾電池で動くポータブルのレコーダー、ラジカセはありましたが、ステレオ録音できる物はほとんどありませんでした。



(TC-2850SDの発売後の状況)

1970年代はボーナスで家電を買うという風潮が強く、ステレオ(当時はオーディオと呼ぶ人はまだ少数でした)を買いたいという人もたくさんいました。若い男性にとってのオーディオ製品は、現在でいうとスマホなどの「ガジェット」に近い物で、新製品が出るとふつうに話題になるような状況でした。

そこに登場したのがTC-2850SDです。レバー式のピアノボタン、黒いVUメーター、スライドボリュームなど、当時としては洗練されたデザインで、みんな「カッコイイ」と思ったものです。いわば「一目ぼれ」の状態。

そして生録ブームに拍車をかけたのが、国鉄による蒸気機関車の廃車で起きた「SLブーム」です。SLを撮影するカメラマンとともに、マイクを向けて生録をする人の様子が、テレビのニュースでよく取り上げられ、そこにはたいがいTC-2850SDの姿がありました。(現実的には持ち運びできて、ステレオ録音で音が良いのはTC-2850SDしかありませんでした)

物欲が高まっている時に、これほど刺激的な情景はありません。その結果、オーディオファン以外の一般人も飛びつき、TC-2850SDはヒット商品となりました。

家電業界ではふつうヒット商品が出ると、すぐに「柳の下のドジョウ」が出てくる訳ですが、ライバル機が出現したのは1975年になってからで、Victor KD-3(73,800円)やTEAC PC-10(125,000円)が発売されます。
その後にはTechnics RS-646D(65,800円)、Nakamichi 550(79,800円)、Lo-D D-150(110,000円)、Aurex PC-4280(3ヘッド・100,000円)など、各社からカセットデンスケが発売されます。
変わり種は、YAMAHAが発売したスラント型のカセットデッキ、TC-800GL(75,000円)で、キャリングベルトの取り付けができないにも関わらず、3電源に対応し乾電池でも録音できました。

とはいえ、1973年の大卒初任給は62,300円で、社会人であればともかく、カセットデンスケは学生にはかなりハードルが高い商品でした。そこで家電メーカーは「ラジカセで生録」という広告を作り宣伝を行いました。

オーディオ・家電メーカーやショップ、雑誌などが主催する「生録会」も数多く開催され、作品を競い合う「生録コンテスト」も行われました。

さらに、生録の機器やテクニック、場所などを紹介する専門雑誌「ロクハン」が創刊されたり、ラジオでは文化放送で「SONY生録ジョッキー」が放送され、リスナーが生録したテープを番組の中で紹介(再生)などして、生録ブームはピークとなっていきます。

TC-2850SDなどのカセットデンスケを買った人には、生録が未経験という人も多く、家にステレオ(オーディオ)が無いという人も多くいました。
動機はともあれ、これらの人がオーディオの入口に踏み込んだことで、TC-2850SDの音を出すのに必要なアンプやスピーカーを買い、オーディオシステムを発展させるために、レコードプレーヤーやチューナーを買いそろえるなどして、1970年代後半のオーディオブームが盛り上がっていきました。



(大井川鉄道のSL生録会)

蒸気機関車(SL)はともかく生録の素材として人気がありました。
これをステレオで再生すると、右のスピーカーから、まず遠くで鳴る汽笛が聞こえ始め、SLの接近に伴い、しだいに「シュシュ、ポッポッ」という音が大きくなります。
目の前を通り過ぎる時には、音が右のスピーカーから左のスピーカーに移動し、こんどは遠ざかるにしたがって、左のスピーカーの音が小さくなって行く。そして最後にまた遠くから汽笛の音が聞こえるという感じです。

でも、生録ブームが起きた時には首都圏では、すでにSLが走っている場所はありませんでした。1973年の夏には長野県の小海線でSLの復活運転も行われましたが、SLが走っているのは北海道や東北、九州などに限られていました。

そんな中、1976年に静岡県の大井川鉄道で、SL「C-11」が復活して運行が始まり人気となります。
大井川鉄道は大井川の谷あいに走る路線のため、汽笛の音が何度も山に跳ね返って「こだま」となるのも生録の魅力でした。→SONYのサイトに当時の写真があります

生録会も開催されましたが、人気が高く抽選に当たらないと参加できませんでした。
参加者は大井川鉄道の金谷駅に集合し、いくつかある生録の場所や注意事項の説明の後、千頭行きのSLに乗り、まず車内で生録を行います。

窓から少しマイク出して機関車の音を録音する訳ですが、マイクに風が当たるので、ウィンドスクリーン(風防)を付けての録音となります。
大井川鉄道にはトンネルもあります。トンネルが近づくと、誰かの「トンネルだ」という声で、煙が入らないように、みんなでいっせいに窓を閉めたりと妙な一体感もありました。

千頭駅からは自由行動ですが、知らない人どうしで生録の場所や、録音方法などの情報交換するうちに、グループができたりもします。
生録は自分たちが乗ってきたSLが、金谷駅に帰る時を狙うので、先に出発する電車に乗って、録音場所に向かいます。

録音の場所には、生録会の参加者以外の人たちも、たくさんやってきています。
機材はSONYのカセットデンスケが圧倒的な人気で、ラジカセやポータブルのカセッレコーダーで録音している人もいました。
中には自家用車で、Technicsのオープンリールデッキ(RS-1500U?)と、バッテリーアダプタ、乾電池40個が入るバッテリーケースなど、重装備を持ち込む人もいました。

マイクは手持ちのワンポイントマイクがほとんどで、パラボラ型の集音器を使う人は少数でした。集音器はもともと遠く音や小さな音を拾うためのものですから、SLのように線路脇の数メートルの距離で、録音をするのには全く不向きです。
ヘッドホンは人それぞれでしたが、SONYの生録用ヘッドホン DR-4Mなども人気がありました。

SLは運行本数が少ないので、録音は「一発勝負」という感じでした。注意深く録音レベルを合わせておいても、近くで汽笛をを鳴らされたらお手上げです。ですから「失敗しない」という意味ではリミッター機能は重宝でした。

ほとんどの人たちは、この上り列車でレベルの確認をして、午後の便の下りや上りが「本番」という感じだったと思います。
当時は週休2日制ではないですから、ほとんどの人が日帰りです。体力的にはしんどかったですが、楽しい思い出です。




(TC-2850SDについて)
TC-2850SDはポータブル・ステレオカセットレコーダーですが、屋内では普通のカセットデッキとして、野外では生録機として使えるように設計されています。

ヘッドはF&F(フェライト&フェライト)ヘッドを搭載しています。F&FヘッドはSONYが独自開発したもので、コアとガード部にフェライトを使ったオールフェライト構造で、パーマロイに比べて耐久性(約200倍)が高く、ヘッドの片減りやギャップエッジの崩れが少ないという特徴があります。
ヘッド1.5μというナローギャップで、表面はブラックミラー仕上げとして、良好なテープのヘッドタッチとゴミの付着を防いでいます。

アンプ部のトランジスタには低雑音・高利得タイプを使用して、ノイズと歪の少ない回路としています。
ドルビーノイズリダクション Bタイプを搭載しており、ガットポジションはノーマルとハイポジション(クロム)となっています。

生録ではダイナミックレンジが、とても大きくなる場合があります。しかしそれを予測して録音レベルを事前に調整するのは、とても難しいことでした。また1970年代前半のカセットテープは、飽和レベルが低かったために、大音量が入力されると音が歪んでしまう事もありました。

これを防止するために搭載されのが「SONYリミッター録音」で、これをONにしておけば、マニュアルで設定した録音レベルを超えた場合でも、リミッターが自動的に働いて、音が歪むのを防ぎます。
またマイクの入力回路には「0」と「-1.5dB」の切り替えができる、アッテネータースィッチを装備しています。

電源部には乾電池の低い電圧でも、ダイナミックレンジの高い録音やアンプ部のリニアリティを確保するために、DC-DCコンバータで24Vまで昇圧しています。

このため単一乾電池4個で駆動でき、乾電池UM-1(ナショナルの乾電池でいうと黒タイプ)で約2時間の使用が可能。別売の充電式のバッテリーパック「BP-8」(5,200円)では約3時間の使用ができました。
VUメーターを利用したバッテリーチェッカーを装備しており、電池の残量を確認することができます。

その他にAC100Vと自動車のシガレットライターソケット(12V)も使用できる、4電源方式となっています。

当時の据え置き型のカセットデッキは、トルクが強く家庭用電源の周波数に同調する大型のシンクロナスモーターが普通でした。TC-2850SDではDCサーボ・モーターを使用して、軽量化と省エネ化をはかっています。

モニター専用のアンプと10cmスピーカーを内蔵しており、外部スピーカーやヘットホン、イヤホンなども接続できます。



(デザインについて)
当時のカセットデッキは平置き型(水平型)がメインで、デザインはどのメーカーもスタジオの調整卓をイメージしたものでした。

TC-2850SDのデザインは、屋外で肩から下げての使用と、屋内でカセットデッキとして使用することを前提に、操作性を考慮してボタンの配置などが決められています。

TC-2850SDは人力によりヘッドの上げ下げや、早送り・巻き戻しの切り替えを行う「メカニカル方式」です。録音や再生などは操作はピアノボタンですが、レバー状の意匠になっています。

このピアノボタンは同時期のTC-4250SDなどよりも、軽い力でも押し込めるのですが、後継機のTC-2860SDからは肩掛けで使用する際に、ボタンを確実に押し込めるように、フックが取り付けられました。
その下にはモニタースピーカー用の音量とTONEのボリュームがあります。

VUメーター(ニードルメーター)はライト付きで、右側のメーターはバッテリーチェッカーボタンを押すと、電池の残量が表示されます。

録音レベルは微調整が可能なスライドボリュームを採用しています。

上部にはドルビーNRのON/OFF、テープセレクタ、リミッターのON/OFF、ライン入力とマイク入力(アッテネーター)の切り替えスイッチがあります。





(シャーシと内部について)
平置きにした場合のキャビネットは、カセットドアやスピーカーがある上面のパネルは樹脂製、操作ボタンやVUメーターがあるフロントパネルとサイドパネルはアルミ製。底板も樹脂製です。

内部のメカや基板はフレーム型のシャーシに囲まれており、万が一落としてしまった場合でも、これら中枢部は守られるようになっています。
基板の下側にはノイズ対策のシートが取り付けられています。

カタログにはパーツ数が記載されており、トランジスタ 40石、ダイオード 35個、IC 4個となっています。




(ヘッド)
ヘッドは録再と消去の2ヘッド。録再ヘッドには高域特性が良く、高硬度で耐摩耗性が高いF&F(フェライト&フェライト)ヘッドを搭載しています。

フェライトは理想的なヘッドコア材料として注目されていましたが、高い硬度のために、加工が難しいという問題がありました。こうした問題を解決してSONYは1970年にTC-2200に初めてフェライトヘッドを搭載します。

このヘッドをさらに改良して1971年に登場したのが、「F&Fヘッド」です。F&Fヘッドはコア部だけでなくガード部にもフェライトを使用した構造で、ギャップのスペーサーとコア部の固定には、フェライトと同じ硬度を持つ無歪みガラスによる融合溶着が行われています。

TC-2850SDのF&Fヘッドは、ギャップを1.7μのナローギャップ(1μ=1/1000mm)としているため、高周波損失が少ないという特徴があります。
またパーマロイに比べて摩擦量が1/200と少ないため、パーマロイのラミネートヘッドの約200倍以上の高い耐摩耗性を持っています。

ヘッドの前面をブラックミラー(鏡面)仕上げにすることで、良好なテープのヘッドタッチを実現。またゴミの付着も少なくなっています。

F&Fヘッド


(入出力端子)
入出力端子はRCAのライン入力とライン出力端子、DINの録音/再生端子があります。外部スピーカー端子はミニジャックでイヤホンと兼用です。
フロントにはマイク端子とヘッドフォン端子があります。

電源はAC100VとDC6Vです。

サイドの入出力端子

マイクロホン端子とヘッドフォン端子

SONY TC-2850SDのスペック

周波数特性 30Hz〜15kHz
(クロームテープ)
30Hz〜13kHz
(ノーマルテープ)
S/N比 48dB Dolby OFF
53dB Dolby ON
総合ひずみ率 2.0%
ワウ・フラッター 0.15%(WRMS)
消費電力 10W
サイズ 幅378×高さ108×奥行238mm
重量 5.4kg




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