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YAMAHA CDX-580

    1994年 定価39,800円



YAMAHAのCDX-580は、1994年5月に発売されたエントリークラスのCDプレイヤーです。

ライバル機はDENON DCD-790、KENWOOD DP-5060、marantz CD-63、Nakamichi MB-4s、ONKYO C-303、SUNSUI CD-α317KR、SONY CDP-911、TEAC CD-3、Technics SL-PG460など。


CDX-580はD/Aコンバータに、ヤマハ独自のDSP方式I-PDM(Independent Pulse Density Modulation)を採用しています。

I-PDMは1bit・DACで出力パルスを独立化して、パルスの密度を比較して正確にアナログ波形に変換するという仕組みを持ち、原理的にクロスオーバー歪みが発生しないようになっています。


DSP方式というのは、実は波形再現技術で20bitデータを作り出す(PRO-BIT)のことです。回路はDACと同じチップに収められていました。

仕組みはCDから読み取った16bitの音楽信号と、メモリに収められてた20bitの録音パターンのデータとで、分解能や波形の振幅を比較して、音楽信号の時系列的な変化から、CDになる前の音源の波形を推測して、20bitの音楽信号を作り出します。


PRO-BITは波形再現技術としてはレガートリンク、ALPHAプロセッサーの後から登場した訳ですが、ヤマハは既にいろいろな電子楽器を手がけており、自然楽器をシミュレートした楽音波形信号を作り出す、たくさんのノウハウを持っていました。

また社内には優秀な半導体の製造部門もあり、本来ならばPRO-BITが波形再生技術の第1号として、登場してもおかしくない状況でした。

PRO-BITはこのCDX-580と、兄弟機のCDX-880に初めて搭載されたのですが、日本ではPRO-BITは後継機のCDX-590やCDX-890から搭載されたことになっています。

ところが海外ではちゃんとCDX-580はPRO-BIT搭載と宣伝して販売していたようです。何故このようなことになったのかは不明です。

同じように搭載しているものを隠した例は、テクニクスのSL-P777(1bitDACのMASHを搭載しているのにもかかわらず、リニア18bitDACと宣伝)などがあります。

とはいえ、時はバブルがはじけた後のオーディオ不況。しかもヤマハは各事業の売上不振や社内の混乱、鳴り物入りでオープンしたキロロリゾートの大赤字などを抱えていた時でした。

そのせいか「398」とはいえシャーシ・メカ・回路のどれもチープ。コストパフォーマンスよりコストダウンを追求したものとなっています。なお後継機のCDX-590とその上級機のCDX-890も、このCDX-580やCDX-880に小改良を加えたものとなっています。



(音質について)
音質はPRO-BITの効果もあるのか高音こそヤマハらしさが感じられるものの、中低音はしまりが無く、特に低音はドローンとした音です。

同じDACを搭載しているCDX-993と比べても、解像度や透明感はかなり悪いです。また音の広がりや奥行きも物足りません。

音は総合的に見ても前モデルのCDX-640や、ライバル機のONKYO C-303に全くかないませんし、1987年製のSONY CDP-750にも負けそうなくらいです。

CDプレーヤーでは、いくらDACやデジタルフィルターなどのデバイスの性能が良くても、シャーシやメカの作りや回路の設計が悪くて、デバイスの性能を殺してしまい、結果として音質が悪くなるものがありますが、その典型的な1台だと思います。


※後継機のCDX-590は事実上、このCDX-580にデジタル光端子を取り付けた物です。パーツの配置や配線が若干変更になっていますが、回路図はCDX-580とCDX-590と同じです。

ところが、そのCDX-590は1996年のステレオ誌で「特選」に選ばれてしまいました。評論家の評価には「PRO-BITの効果で再現性やノイズが良くなった」とか、「CDX-580と比べて音の方向がガラッと変わった」などと書かれています。

某有名評論家のようにプレーヤーの中味を開けていれば、メカや回路が変わってないことが一目でわかり、こんな話にならなかったと思いますが、型番が変わりPRO-BIT搭載という宣伝文句で「プラシーボ効果」にかかってしまったのでしょうか。それともエントリーモデルといことで「テキトー」に試聴していたのでしょうか。

でも同じステレオ誌で下級機のCDX-490(定価28,000円)の記事には「高品位の伝送回路や防振設計など高級機と同等の高音質設計」などと書いており、やっぱり「テキトー」の方が正解かもしれません。

まあ、こんな事をやっている訳ですから、評論家の意見を参考にして製品を買う人が、どんどん少なくなったのは当たり前といえます。

ともあれ、とるに足らないマイナーチェンジを、新商品のように思わせたのは、メーカー側の戦術的勝利といえるでしょう。



(フロントパネル)
上部は平面で中央から下部にかけて、緩やかな「R」がついた独特のデザインです。「R」のついたデザインは90年代の初めに少しはやりましたが、CDX-580はあまりボリューム感がないので、実際には「のっぺり」とした顔つきです。

フロントパネルにある操作ボタンは必要最小限です。プログラムなどはリモコンがないと設定できませんし、ディスプレィの時間表示の切り替えもリモコンしかできません。







(シャーシと内部について)
シャーシは薄い鋼板でできており、どこを叩いても良く鳴ります。また軽量化のためでしょうか底や側面には、たくさんの穴があけられています。もちろんこれはシャーシの強度が下がり防振対策にはマイナスです。

前作の「398」モデルであるCDX-640では、二重底やゴム製ダンパー付きの天板、偏芯ジャイアントレッグなどの防振対策が採られていましたが、CDX-580ではシャーシに関して全く防振対策はされていません。インシュレーターも中空のプラスチック製です。


内部は基板が1枚で部品の点数も少なく、いわゆるスカスカです。この中に電源、サーボ、オーディオ、システムコントロールなどの回路が入っています。

このころになるとICの集積化がさらに進み、信号処理回路、サーボ回路、デジタルフィルター、そしてDACが1つの小さなICに収めらることが可能となり、CDX-580でもそれが採用されています。


製造は1991年設立のマレーシア工場(ヤマハ・エレクトロニクス・マニュファクチュアリング・マレーシア)です。ちなみにヨーロッパ向けのCDX-580はフランス工場でも生産され、後継機のCDX-590はフランス製のものが日本にも入ってきていました。このフランス工場は2003年11月に閉鎖となり、生産はマレーシア工場に集約されます。

※CDX-580とCDX-590の違いは電源トランスの変更、電源回路のコンデンサーの配置の見直し(配置だけで数の変更はなし)、デジタル光端子の増設ぐらいで、シャーシーやメカ、DACなどの主要パーツ、回路構成は同一です。




(電源回路)
電源回路はシンプルです。いちおうデジタル回路、メカ、ディスプレィ、DAC、オーディオ回路に分けて給電していますが、電源の容量や回路間の干渉対策などは、とても十分とは言えません。

CDX-580のDACにはDSPが内蔵されているため、トラッキングレギュレータの三菱 M5290Pを使用して、DSPへの電源のON/OFFの管理をしています。

トランスと基板の間にフェライトコアによるノイズ・フィルターが設置されています。

ただ、これは外部からのノイズにしか効かないので、内部にあるディスプレイやサーボ回路などから発生したのデジタル・ノイズは、音質にけっこう影響を与えていると思います。

電解コンデンサはELNAやマルコンの標準品を使用しています。

電源トランス 電源回路



(デジタル回路 サーボ・信号処理回路)
松下(現在はパナソニック)製のシグナルプロセッサ「MN66271RA」が使用されています。

このICの内部には誤り訂正などのデジタル信号処理回路、デジタルサーボ回路、8倍オーバーサンプリングのデジタルフイルターにMASH(1bit・DAC)、さらに差動合成用のオペアンプやデジタル出力回路まで内蔵しています。

ただしデジタル回路とアナログ回路を、混在して集積したチップのため、ノイズに弱く歪を受けやすいという弱点があったそうです。コスト的にはすぐれているものの、音質面ではコンポ向きのパーツではありませんでした。(もともとはポータブルプレーヤーなどのゼネラルオーディオ用?)

CDX-580ではD/AコンバーターにYAMAHA独自のI-PDM・DAC(YAMAHA製 YAC514-F)を使用しているため、このICの信号処理とサーボ回路、デジタル出力回路ぐらいしか使っていません。

デジタルサーボはノウハウの固まりのようなもので、各メーカーからたくさんの特許が出願されています。YAMAHAは前作のCDX-640でデジタルサーボを採用したものの、完成度は今ひとつだったので、お金をかけて自社開発するよりも、安価な他社のチップに目を付けたのかもしれません。

※ちなみにこのような使い方は、テクニクスのSL-PS860やSL-PS770Dでも行われています。また下級機のCDX-480やCDX-490、CDX-493ではI-PDM・DACを搭載せずに、MN66271RA内蔵のDAC(MASH)を使用しています。


他にはディスクの反射光量をチェックし、光量が下がったり上がったりするとディスクに汚れや異常があったと判断して、PLLをホールドしたりミュートをかける松下製のサーボ用ヘッドアンプ「AN8803SB」や、ピックアップのアクチュエーターなどを駆動するサンヨー製の4チャンネル・ブリッジドライバー「LA6536」などがあります。

松下製のシグナルプロセッサ
MN66271RA

サーボ用ヘッドアンプ
松下 AN8803SB
サンヨー製の4チャンネル
ブリッジドライバー
LA6536



(DAC・オーデイオ回路)
1bitD/AコンバータのI-PDM・DAC「YAC514-F」は、1994年から製造が始まったDACです。

内部にはデジタルフィルターと4つのDACがあり差動出力となっています。さらにPRO-BITと呼ばれる波形再生の回路も入っていたため、海外では「PRO-BIT DAC」と呼ばれています。

DACの後ろの回路は、高級機に比べるとパーツ数が少ないですが、差動合成にローパスフィルター、ラインアンプ、ミューティングという回路構成になっています。

オーディオ回路にはMUSEなどのコンデンサが使われ、オペアンプはバッファ用?がJRC「2068DD」、差動合成とローパスフィルターにJRC「5532DD」が使われています。

へッドフォン用のオペアンプはROHMの「BA15218」です。


1bit DACの駆動には安定した電源が必要ですが、CDX-580はそのための電解コンデンサの数が少ないです。
その後ろのオーディオ回路も、出力のために安定した電源が必要ですが、MUSEなどのコンデンサを使用しているものの電源部は貧弱です。



(PRO-BITについて)
PRO-BIT(Precise Reproduction of Original Bit)は、Pioneerの「レガートリンク」や、DENONの「ALPHAプロセッサー」と同じ波形再現技術と呼ばれるものです。

CDX-580ではDAC内部のDSP(Digital Signal Processor)で、波形の再現処理で行うことから、「DSP方式」という名前が付けられていました。


1990年代にはレコーディングスタジオの機材も進歩しており、20bitのPCM録音やマスタリングが行われました。

これに対してCDは16bitですので、物理的に4bit分の情報が入らなくなります。そこで考えだされたのが、CDプレーヤー側でその入らなかった分の情報を付け加え、信号を補正して波形を再現するという技術です。

また、この技術では20bitから16bitデータにする際の、再量子化による誤差(歪になる)や、アナログ音源から16bitデータにする際の量子化誤差を補正する効果も生みだします。


一般的な波形再現技術では、CDの16bit信号の波形を使用して、CDになる前のデータを演算で推測する手法を用います。この方法では波形の曲線の変化率などを、あらかじめ人が決めてプログラムするため、一律になる傾向が出てしまいます。

ところが実際には同じ周波数帯であっても、楽器や演奏によって波形の変化率は変わります。そのため必ずしも正確な波形になる訳ではありません。

YAMAHAのPRO-BITでは、約2万パターンの20bitの録音データを、メモリに記憶させて、これとCDの16bitデータを照合して補正するため、単純に推測するのよりも、正確な波形の再現が可能となります。


PRO-BITはPioneerの「レガートリンク」、DENONの「ALPHAプロセッサー」の後から登場した訳ですが、YAMAHAにはシンセサイザーなどに使われた「FM音源」の開発や、AVアンプ用の音場生成システム「DSP」(Digital Sound Field Processor)などを通じて、1980年代から波形再現のための技術(特許書類の中では「楽音波形データ」などと表記)がありました。

その中には、波形再現技術でも使用されているであろう、エンベロープ(包絡線・ほうらくせん)の計算や、処理速度の向上方法、波形メモリなどに関しても、多くの特許を取得しており、レガートリンクやALPHAプロセッサーの、開発の際にも参考にされたかもしれません。


※YAMAHAの特許は電子楽器の関連で出された物が多く、オーディオ用として出され物は少ないようです。PRO-BITの特許→特開平7-248797


※量子化誤差・・・アナログ信号をデジタル信号に変える際に発生する誤差のこと。誤差=歪みになるので量子化歪とも呼ばれます。

アナログ信号をA/D変換にする時には、アナログの波形からサンプリング周波数を使って、振幅の値を切り出します。(標本化・サンプリング)

アナログの波形は連続していますが、標本化の値はつながっていないバラバラの点になります。バラバラの点といっても、アナログ信号と一致する値ではなく、近似値となるため必ず誤差が発生します。

単純に量子化ビット数(ADCのビット数)を増やせば、誤差も少なくなり音質は向上するハズですが、実際にはADCの変換方式(積分型、デルタシグマ型など)や、変換性能なども音質に影響する要素となります。


I-PDM・DAC YAC514-F

オーディオ回路 オーディオ回路



(ピックアップ・ドライブメカ)
ドライブメカはエントリーモデルによく使われるメカです。市販もされているアッセンブリーパーツで、YAMAHAは2006年のCDX-497まで、代々のエントリーモデルに、この系統のメカを使い続けます。


ピックアップやスピンドルモーター、スレッドモーターなどのユニットは、薄いプレート(メカシャーシ)に取り付けられています。

このメカシャーシはスプリングを使ったフローティング機構で、外部からの振動を防ぐ構造となっています。

ただ、スピンドルモーターやスレッドモーターは、それ自体が振動するため、ピックアップの読み取り精度が悪化して、音質が悪くなります。

またメカベース(土台)と呼べるものは無く、プラスチックの足で底板を加工した部分に取り付けられています。何とも頼りない造りです。

CDX-580(正確にはCDX-880)を、ベースにして作られたCDX-890は一応扱いは中級機。さすがにこれではヤバイと思ったのか、メカの下の底板に小さな補強板(鋼板)を1枚ネジ止めしています。ちなみにCDX-590には補強板はありません。

ピックアップにはSONY製のKSS-210Aを使用。スライドはギヤ式です。


(メカのメンテナンス・修理)
過去に2回ほど音とびが発生しましたが、ピックアップに付いているレーザー出力のボリュームを調整して回復しました。

CDX-580はデジタルサーボのため、フォーカス・ゲインやトラフィック・ゲインなどの調整用のボリュームはありません。

サーボ回路ではサーボの効きを強くすると、ディスクの読み取りが向上する反面、モーターやアクチュエーターの動作が大きくなり、大きな電流が流れたり、ノイズが発生して音質が悪くなります。


デジタルサーボはレーザーの光の強さによって、読み取った信号のエラー値が変わると、自動的にフォーカスサーボや、トラッキングサーボの設定を最適な状態に変更します。そのためレーザー出力の調整だけで、音とびが無くなる訳です。

かといって、デジタルサーボの搭載機のすべてが、レーザー出力のボリュームを調整で直る訳ではありません。
特にCDX-580はエントリーモデルのため、音質を優先するよりもサーボが強くかかるように、設定されているのかもしれません。


トレイ開閉用のゴムベルトの交換は、プーリーがフロントパネルに半分隠れており、さらにカバーも付いているので、フロントパネルを取り外して行います。


ピックアップ KSS-210A

トレイ開閉用のゴムベルト



(出力端子・リモコン)
出力端子はアナログ(可変)とデジタル(同軸)が各1系統。フロントパネルのヘッドフォンボリュームまたはリモコンで可変出力を調整できます。リモコンの型番はVQ95010。

出力端子 リモコン VQ95010


YAMAHA CDX-580のスペック

周波数特性 2Hz~20kHz±0.5dB
ディエンファシス偏差 ±0.5dB
高調波歪率 0.0025%
ダイナミックレンジ 98dB
S/N比 115dB
消費電力 10W
サイズ 幅435×高さ96.3×奥行270mm
重量 3.8kg




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